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3月11日

  • 2018年3月13日
  • 読了時間: 1分

震災があってから7年目。

その時ぼくは所沢のマンションにいた。

揺れで目がさめた。

テレビをつけて津波の押し寄せるのをみていた。

3日間西武線が止まり家にいた。

友人たちと連絡を取り合って安否を確認した。

4日目にアバッキオに行って周囲の人たちと会った。

原発が爆発した。

もやもやとした不安ばかりが募っていたこと

僕にも周囲の人たちにも。

そしてしばらくして足利さんと現地の災害支援へいくことになる。

ピースボートの人たちはとうに現地入りしていた。

よく知る人はしんごちゃん。

詩人の大江さんがマクドナルドで震災についての詩を書いた。

僕も足利さんと現地に行ったあとに詩を書いた。

記すこと

サルトルは日記を重要性を書いた。

2018年の3月11日

僕は赤坂で料理を作っていた。

昨日とそうは変わらいない日常の中

それぞれの瞬間が過去という概念の中に飲み込まれていく。

黒板に言葉を書いて消す。

デジャブのような言葉

意味よりも黒板の前で

言葉に任せて僕はただ記す。

言葉は詩人のためにあるのではなく

詩人が言葉のために存在する

 
 
 

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